棋撰

 行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。
 よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。

『方丈記 より

 今年もまた、研究室にたな"水"が流れ込んできた。
してここ素粒子理論研究室の将棋部にも、春がやってきたのである。

 将棋部は、昨年度にたった二人の部で立ち上げた非公式の活動だ。
当時のメンバーは私とその後輩。

 相矢倉を中心にしのぎを削った彼も、めでたく修士課程を修了
研究室からまた新たな川へと旅立っていった。

 新生の部員は二人。"点睛法師"と"安芸の司"。
彼らもまた将棋という遊戯の魅力に惹かれ、余暇としてそれを楽しむことを選んだのだ。

 日本がもつもっとも美しい文化のひとつ。将棋。
はまた残酷な一面をも持っている。

 将棋は王将を取り合うことが目的である
それが盤上で実現することはない。

負けました

 私は何度、この言葉を悔しさと共に吐ただろうか。
負けを認めるこの言葉は、何度声に出してもそのしさが薄れることはない。

 だが、それをっていてもなお私たちは、ただ勝つためだけに将棋を指すのである。

 研究という舞台において、私たちは常に敗北者である。
自然というあまりに大きな相手を前に、人は無力だ。
らの巨躯につけた傷の大小によって私たちは一喜一憂するが、それでも私たちは負けているのである。

 だからこ
負けっぱなしの私たちだからこそ

―勝ちたい

 その気持ちをそ、強くもっている。

 ここでは、そんな"勝ちたい"という気持ちが他の部員のよりも強かった私の同期
"弦の君"その人のことを書き残そうと思う。

 彼との付き合いは早三年になる。
共に学び、切磋琢磨し、ときに喧嘩さえもした彼と今年初めて盤を挟む。

 私は彼が将棋に興味をもっていたということ
して私の棋暦の差が、勝ちたいという思いが、躊躇を生んでいたことも知ている。

 点睛法師安芸の司、新たに流れた川の水が私たち"うたかた"を結び
素粒理論研究室の将棋部の新しい物語が始まる。

 ここに記すは"弦の君"の物語

 彼が何に戦いそして負けたのかを残す
私、"格子入道"がるたった編の物語である


[ 登場人物 ]

 弦君  粘り強い受けを併せ持った居飛車党。得意戦法は相掛かり, 木。将棋はまだ一年目。
 安芸の司 : 盤面全体での攻防を好む居飛車。得意戦法は相掛かり, 矢。観る将暦八年。
 点睛法師 : 軽快なきを得意とする振り飛車党。得意戦法は四飛車, 石田。棋暦は約二年。
 格子道 : 手厚さと模様を重視する居飛車党。得意戦法は角換わり, 矢倉。棋暦は十二年ほど。


.筑波大学素粒子理論研究室 順位戦 第二局 (弦の君 安芸の司)


 対局の終わりを告げる音が、部屋の中に響き渡っていた。

 私も、勝者も、そして敗者でさえも、誰も口を開かない。

 対局中よりいや増した緊張感と沈黙とを湛えながら、ただ時間だけが過ぎていった。

――端が変でしたか
 そう発した"彼"の声は少し掠れていた。

 応えるはずの"彼"の声は返てこない。
ただじっと盤面を見つめ、なにかを考えていた

 自

 後

 あるいは自責か

 私には"彼"の胸中に去来する様々な想いのその全てを汲み取ることはできない。
だがその悔しさを、私は良く知っていた

 "彼"がいま闘っている相手は、他ならぬ自分自身なのだ。


平成二十九 七月七日

 今日は将棋部の順位戦の第二局目が行われる。

 二日に本州の南側を通過した台風が、うだるような暑さを運んできた。
だが、対局者の熱意はこの暑さを確かに凌ぐはずだ。

 対戦カードは"弦の君"と"安芸の司"。
両者ともに指し将棋は一年目であるが、安芸のには長い観戦暦がある。
対する弦の君はソフトとの対局を重ね、今日の一戦に必勝を期してんでいる様子だ。

 順位戦は部員全員の総当り戦で、棋力向上の中期目標として始めたものである。
昨年度から部員が倍増したために可能となった、嬉しい試みでもある。

 持ち時間は各一時間の切負け戦。
アマチアならば比較的長時間にあたる定になるだろう。

 第一局は、私こと"格子入道"と"点睛法師"の顔合わせ。
玉頭位取り ノーマル四間飛車という古い形になり、中盤戦を制した入道が勝利した。

 対前の様子を見るに、安芸の司は少し硬い印象を受ける。
一方の弦の君は、ほどよい張感を纏っており笑顔も覗かせている。
流石に国際会議の修羅場を潜ってきただけの事はある。

 開始時刻の十分前になり駒を並べ始めると、部屋は緊張感に満ちていった。
つきにはまだたどたどしさが残るが、表情は正にプロのそれである。
箱をしまうと、あとは目を閉じて時刻を待つ。

 両者の集中力が研ぎ澄まされている。

 長い時間過ぎたかと錯覚する頃、合図とともに

――対局が開された。

 先手は弦の君。
一手一手、慎重に時間を使って指し進めていく

 後手番になった安芸の司は決断良くノータイムでの指し回しだ。


shogi  戦形は相掛かりになった。
先手後手ともに棒銀系の作戦を採用しているが、微妙な形の違いがある。
先手が飛車先の歩を交換している形であるのに対し、後手は交換を保留。
後手番ながら先攻を狙う。

 先手の主張は、後手の3三桂が角道を止める悪形であること。
このまま矢倉か雁木に構えて持久戦に持ち込めれば、作戦勝ちが見込める展開だ。

 後手が動いていくならば、△8六歩や△6五歩だろうか。
逆に受けに回るならば、△4四歩と突いて▲3五歩の筋に備える。
この数手は両者ともに作戦の岐路と言えるだろう。

shogi  安芸の司の選択は△9三香〜△9二飛という端からの強襲であった。
このまま持久戦にしてはつまらない、と見たのだろうか。
先手は矢倉に組んだために7七の銀が壁になり、7七角と受けることができない。

 さらに後手は手に入れた香車を2筋で使い、入手した銀を9八の地点へ放り込んだ。
▲7九金と引いても、今度は8七の地点を狙って△8七銀成や△8六歩と突く筋があり受けにくい。
先手としては、左辺は放棄し右辺で手を作りたいところ。

 一例は▲3三歩と焦点に叩く手。
これに対し△同金ならば▲4五桂、同角ならば▲3四香が狙い筋になる。
逆に後手から△3三歩と蓋をされてしまうと、先手から手を出しにくくなってしまう。

shogi  3筋の攻防は後手に軍配が上がった。
飛車を入手しながら角を3四の好所に据え、先手陣を狙う。
対する先手も▲6八玉と王将自らが攻め駒の掃討に乗り出し、後手に楽をさせない。

 この玉上がりは、弦の君の棋風が表れた粘り強い一着である。
駒割りは金と飛車・角の交換で後手の駒得だが、左辺の飛車・銀・桂は働いていない。
▲6七金や▲3九香が間に合う展開になれば、後手の攻めが切れてしまうおそれがある。

 進行の一例は△3九飛 ▲6七金に△2九飛成と拾っておく手。
桂馬を持つと、次の△5五桂が厳しい狙いになる。
以下、▲5六歩 △2五角のような展開が考えられるが、先手がやはり厳しいか。

shogi  後手の好調な攻めが続くものの、弦の君の粘り腰が決め手を与えない。
飛車を取り返し、右辺の攻防は先手が凌ぎきった格好だ。
後手は右辺を壁にしたことに満足し、今度は△8六香と左辺から襲い掛かる。

 しかし、この手で先手にもわずかにチャンスが来たか。
3四の角の睨みが強烈なので、先手としてはこれを緩和しながら攻めていきたい。

 一例は、▲8六同銀と食いちぎって▲5六香や▲3六香と攻防に設置する手。
▲7一飛と打ち下ろす手と組み合わせ、左右からの挟撃体制を築ければ後手玉は狭い。

 形勢はまだ後手が良いように見えるが、だいぶ接近したという印象だ。
後手としては、この△8六香に代えて△9七歩成とする手が勝った。▲同桂には△同飛成という強襲が成立する。

shogi  ▲4一龍と回った手に対し△4二金と寄って受けたが、これは大悪手だった。
この局面では後手玉に詰みが生じている。

 ▲5二角 △5四玉 ▲7二角にどんな相駒をしても、▲同角左成 △同銀に取った駒を5五に打てば詰む。
△4二金に代えて△4二金"打"と埋める手が正着だった。
後手玉に寄りはなく、先手玉には△4七金や△4八金で必至がかかる。

 しかし、運命は残酷であった。
双方ともに残り時間は数分であり指運が勝負を分ける局面だったとも言えるだろう。

 弦の君の選択は▲2一角。同じ様でも3四の歩にひもが付いていない。
△3四玉と逃げられた局面で前述の詰み筋に気付いたのだろうか、弦の君が次の手を着手する事はついになかった。

shogi  投了図以下、▲4二龍 △3五玉 ▲4三角成 △3六玉に▲3八金と押さえておけば、入玉をめぐるまだまだこれからの将棋だった。
彼のこの勝負に掛ける意気込みが、簡単な詰み筋を逃したことに対する自責に耐えられなかったのだろうか。

 先手の敗因は、中盤戦での3筋の折衝だったようだ。
序盤の駒組みでは3三の桂馬を負担にした先手がリードしていたが、△9八銀の勝負手でペースが乱れた。
受けるか攻めるかという難しい二者択一を迫られ、主導権を明け渡してしまった。

 以降は後手からの気分の良い攻めが続いたが、先手の粘り腰が一瞬の勝機を生んだ。
これを手中にできなかったことは痛いが、弦の君としては次に繋がる課題が見つかったというところだろうか。

 局後10分ほどが経過したかと感じられた頃
沈黙を割いて、ようやく弦の君が口を開いた。

 彼が最初に指摘したのは中盤の局面のことであた。
最後の詰み筋には触れない、いや触れたくないという思いが垣間見えたような気がする。

 その後の彼は、折り悔しさを滲ませながら
段どおりの気さくな様子で感想戦を行っていた。

 そして話題が終盤に及ぶと彼は少し遠くを見る様にして
かに頷いていた。

 こうして弦の君の人生始めての対局は、零れ行く白星と共に幕を閉じた。
彼が強く望んだそれ、確かに彼の掌中にあった。

 だからこそ、彼の手は盤上に伸びなかったのかもしれない。

 将棋は残酷なゲームだ
勝機は突然に訪れ、そして去っていく。
それを掴み取ったものこそが、勝者足り得るのである。

 局後彼に話を聞いてみた

 二度と将棋は指さないかもしれない。
う冗談めかして言う彼の目は、この時すでに次局を見えていた。

 その相手は点睛法師
暦では大きく劣る弦の君だが、気負いは感じられなかった。

 彼はまた

ただ勝つためだけに、盤の前に座るのである。


.大学素粒子理論研究室 順位戦 第局 (点睛法師 弦の君)


 弦の君には、まだ迷いがあった。

 次の対局相、点睛法は振飛車党の強敵。
対抗形の経験も将棋自体の経験も、自分は少ないという自覚がある。

 将棋には序盤中盤終盤という3つの要素がある。
序盤は駒組の勝負で、自分に有利な戦いの土壌を作る戦いだ。ここは知識と構想力がものをいう。
中盤は経験の世界。手筋形を"指"が覚えているものこそが強い。
そして終盤は読みの力が試される。悪手の海緻密な読みで乗り越えなければならない。

 ソフトとの対戦で序中を、詰将棋で終盤を鍛えてきた。
だがまだ

――勝ためには

 まだ、何かが足りない。
彼の足は、自然とそこへ向かって行った。

 格子入道が待つ、その扉


成二十九年 七二十七

 今日は研究室の納涼会が行われる。
たこ焼きやらやらが供される、見すると普段通りの飲み会である。

 日付も替わろうかという頃、将棋部の四人がやおら対局の準備を始めた。
将棋盤、チェスクロック、記録用のPC
飲み会とは無関係なそれらが、一角に並べられていく。

 対戦カードは"点睛法師"と"弦の君"。
先日行われた"安芸の司"と"格子入道"の一戦に引き続き、第四局ということになる。
なお、第三局は相矢倉の捻じり合いを入道が制した。

 駒が辺りに響き始めると周囲も一段落ついた様子だ。
駒を並べるその手つきも、随分と様になった。

 対局開始を待つ二人に散漫さは微塵も感じられない。
独特の緊張感が満ち囲の音は最早聞こえなくなっていた。

 対局が始まると両者ともにテンポよく駒を進めていく
経験値の多い点睛法師は無論だが、弦の君も負けてはいない。

――どうやらうまく運んでいるらしい

 弦の君と、そして""はそう確信していた。

shogi  秘策『銀冠穴熊』が図に当たった。
序盤を四間飛車対策ただ一点に特化することにより、知識の差を補った。得意戦法の狙い撃ちだ。
中終盤は序盤のリードを守りながら、多めに時間を使ってもその場の読みで経験を補う。

 銀冠穴熊戦法は、一旦銀冠に組み上げてから穴熊に組み直す指し方だ。
1筋2筋の手厚さが特徴で、従来の穴熊とは違い上から圧し潰されることが少ない。
組上がりまで手数が掛かってしまうものの、6四銀と7三桂が受けの形。
振り飛車側からの仕掛けを封じている。予定通りと言える展開だ。

 先手は3七に桂が跳ねているため、駒組が飽和状態に達してしまい指し手が少ない。
対する後手は、△7三桂や△4二金などの進展が見込める形だ。

 実戦では、▲3五歩と点睛法師らしい軽快な仕掛けを見せた。
以下、△3五同歩 ▲6五歩 △7七角成 ▲同桂 △5三銀 ▲6四歩と攻めていった。
やや無理筋という印象もあるが、先手は飛車角を切り飛ばして穴熊をこじ開けにいく。

shogi  ▲3四歩と垂らして攻めの継続を図る。
実戦ではこれを△3四同金と取ってしまったが、次の▲2三銀と打ち込む手が痛打。
▲2二金までの詰めろと、3四の金取りにもなっている。
先手は飛車角を金銀と交換して駒損だが、金を補充しながら攻められるのが大きい。

 代えて△6六角と攻防に設置する手が有力だった。
7七の桂馬取りと、遠く3三の地点を守っている事が主張だ。

 ただし、5二の銀によって飛車の横効きが止まっている点は怖いところ。
例えば△6六角にも▲3三歩成 △同桂 ▲3二銀 △2二金 ▲2三金のような攻めがある。
穴熊は玉の遠さが魅力だが、駒を張り付けられてしまうとそれが活きにくい。

shogi  後手は馬を自陣に引き付け、徹底防戦の構えを取った。
馬の守りに加え飛車の横効きも通っており、後手玉は非常に硬い。

 ▲3四香や▲3四歩と攻めの足場を作りたいが、△5五歩と催促される手や△3六銀と打ち込まれる手が怖い。
また△8五飛と桂馬を拾う手が後手の権利として残っており、3六にその桂馬を設置されると厄介だ。
後手としては受け甲斐のある局面ともいえるだろう。

 実戦は▲3四歩 △3二銀 ▲3三香 △同銀 ▲同歩成 △同桂 ▲3一銀と進む。
途中の▲3三香を△同銀と取った手はやや疑問。
代えて△2三銀とかわすと、先手の攻めは切れ模様だった。

shogi  ここでじっと端歩を伸ばして力を貯めた。
部分的には▲1四歩 △同歩 ▲1三歩のような攻めが狙いだが、先手は歩を持っていないので違う攻め筋が必要だ。
ややリスクは伴うが、▲1三成桂 △同香 ▲1四歩と攻めていく狙いだろうか。

 実戦はこの▲1五歩を見て、弦の君が△5九角と打ち込んで反撃に出た。
対して先手は▲4五銀と3六の地点を補強しながら、攻めに厚みを加えていく。
前述の▲1三成桂は、△3六桂と攻め合われる手が気になったか。

 ▲4五銀以下、△5五桂 ▲3七金寄 △5八飛と後手からのくさびが入る。
後手玉は穴熊が再生しており、この瞬間は強い戦いができる。
局面はいよいよ最終盤。形勢はやや後手が優勢だが、一手のミスが命取りになる。

shogi  運命の分かれ道は113手目▲3二銀と打ち込んだ局面で訪れた。
5一の飛車と連携した攻めの手で、次の▲3一銀不成という厳しい攻めを見ている。
しかし、この局面では先手玉に詰めろが掛かっていた。

 初手△2七金は、詰ませにいくならばこの一手。
対して▲同玉は△3八飛成以下、上から打っていけば簡単な詰み。
従って、△2七金には▲同金と取る一手。

 ここで△1八金と捨てる手が気付きにくい絶好手だ。▲同香の一手に、△2五桂とさらに捨てていく。
▲1六玉には△1八金と捨てた効果で△1八飛成がある。
▲1七金打に△同桂成 ▲同金 △2七銀で詰み。

 △2五桂に対しては▲2五同歩が最善だが、△2八銀 ▲1六玉に△1五角成 ▲同玉 △1四金と打てば、▲1六玉でも▲2六玉でも△2五金で丁度詰む。
後手の反撃が決まったかに見えた。

shogi  114手目、後手の選択は△2一金と受けに回る手であった。
上記の局面は詰みから読みたい局面。しかし、切迫する時間が彼の手を自陣へと導いた。
第二局と同様に弦の君を阻んだものは、残り少ない持ち時間だったのである。

 ▲2一同銀成 △同玉 ▲3二金に△1一玉が敗着。
▲2二金と取って△同玉に▲1一角が決め手。△2三玉に▲3四銀打以下、後手玉は詰み。
この▲3四銀打を見て、弦の君が投了した。

 序盤は弦の君が穴熊をくみ上げペースを掴んだが、点睛法師の華麗な攻めが後手のミスを誘った。
以降の中盤戦は互角の展開が続くが、お互いの持ち味を存分に発揮した見応えある攻防だった。
終盤、弦の君の反撃が先手玉を追い詰めたかに見えた。しかし点睛法師は攻めの勝負手で死中に活を求め、123手の大熱戦を制した。

 局後、弦の君がすぐに口を開感想戦が始まった。

 敗北に慣れたわけではない。
ましてや悔しさが薄れたわけでもない。

 準備は全。指したい手も指せた。
の負けは、彼の中で納得できるものだったのではないだろうか。

 私の目にはその様に見えた。

 将棋は勝負という側面はもちろんだが、芸術という側面を持っている。
二人の人間が盤を挟み、真剣勝負を通じて棋譜という一つの作品を残す。

 そんな将棋の楽しさに、彼も気付いてくれたのかもしれな

 感想戦を終え駒をしまいながら、彼はふとという単語をにした。

 最局は、の一戦だ。
胸を借りるつもりで、と語彼は普段通りの気さくな様子だった。

 その口調とは裏腹に、やはり彼の想いは

 "勝ちたい"というその一言のみであることを
私はやはり知っていた。

 この一戦を観て、私もまた彼と同じ気持ちを抱


 そして


 彼とこうして、盤を挟み対ている

 対局開始までの数分
これまでの対局のことを思い出す

 この対局も良い一局にしたい。

 少し深く息を吐き、再び神経を研ぎませると

―対局が始まった

うたかたの 夢に焦がれし 君が手に  
物のあわれを 思ふなるらむ      

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