【人事異動】
平成13年4月1日に青木 慎也 助教授が物理学系教授に、 石塚 成人 助手が助教授(計算物理学研究センター)に、それぞれ昇任した。 石川 健一 氏(日本学術振興会特別研究員・高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所)が平成13年9月1日に助手(計算物理学研究センター)に 就任した。 また、 R. Burkhalter 助手(計算物理学研究センター)が平成13年7月1日をもって スイス・KPMGコンサルティング株式会社に転出した。 COE研究員として、梅田 貴士 氏が広島大学より着任した。
【研究活動】
素粒子理論グループにおいては、本年度も、格子場の理論に基づく QCDの数値的研究と、 超対称場の理論・弦理論の研究を二本の柱に、 活発な研究活動が行なわれた。
格子ゲージ理論では、計算物理学研究センターで平成8年に完成した超並列計算機 CP-PACSを用いた格子 QCD の大型数値シミュレーションが、引き続き推進された。 また、CP-PACSのフロント計算機システムが更新され、SR-8000が導入された。 それに加え、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の並列計算機 SR-8000を用いた格子QCDの共同研究も推進された。 また、筑波大学学術情報処理センターに導入された並列計算機VPP-5000を用いた 大型シミュレーションプロジェクトも開始された。
CP-PACSを用いた、動的u,dクォークの効果を取り入れたフルQCDの系統的な計算が 完了し、フルQCDにおけるハドロン質量スペクトルの世界初の連続極限外挿が 行なわれた。この結果を、 CP-PACSによる精密なクエンチ近似(クォークの対生成・対消滅を無視する近似)の 結果と比較することにより、クエンチ近似からの系統誤差がフルQCDで大幅に減少 することが示された。これは、QCDの正しさを示す最も直接的な証拠となる。 クォーク質量、重いハドロンの崩壊係数なども計算され、これらの量における 動的クォーク効果の存在と重要性が明確に示された。 また、QCDの有限温度における相構造や相転移温度、および相転移点近傍 におけるクォーク・グルオン・プラズマの圧力やエネルギー密度が研究された。 これらと並行して、格子上でカイラル対称性を実現するドメイン ウォール フェルミオンを用いた B,D中間子の崩壊係数や、K中間子系のCPの破れなどの研究も推進された。
KEKのSR-8000上では、標準ゲージ作用を用いたフルQCDシミュレーションを行い、 CP-PACSの改良作用の結果と比較した。また クェンチ近似でのQCDで、CP非保存現象の理解に重要なハドロン弱相互作用 行列要素の研究も行った。 さらに、CP-PACSとSR-8000の同時に使って、動的なsクォークを含む最も現実的な フルQCDシミュレーションを目指した、グランドチャレンジ プロジェクトも 開始され、その為のアルゴリズム開発とテストが進められた。 学術情報処理センターのVPP-5000上では、クォーク質量を可能な限り軽くする 研究と、非等方格子を用いた有限温度フルQCDのプロジェクトが進められている。
超対称場の理論及び弦理論の分野では、超対称場の理論の非摂動的構造、 弦双対性の物理を中心として研究が進められた。近年この分野では、 弦双対性、D-ブレイン、M理論、行列模型、超弦/ゲージ理論対応、など 数々の興味深いテーマの研究を通して弦理論、超対称場の理論の非摂動的側面 に関する理解が深まってきた。そして、現在、これらのテーマに関する一層 精密な知見が蓄積されつつある。こうした状況の下で、ALEファイバー空間と 超対称共形場理論、6次元非臨界弦の4次元コンパクト化模型、3次元反ドゥジッター 空間中の弦理論を主なテーマとして研究が行なわれた。
【1】 格子ゲージ理論
(青木 慎也、 宇川 彰、 金谷 和至、 石塚 成人、 吉江 友照、 石川 健一、 谷口 裕介、 富永 信一、 梅田 貴士、 V. Lesk)
計算物理学研究センターで開発された超並列計算機 CP-PACS を 用いた大規模計算によって、クエンチ近似のハドロン質量スペクトラム に、最大10確立され、ハドロン質量計算におけるクエンチ近似の限界が示された。 従って、より正確な予言を行うためには、動的クォークの効果を取り入れた 「フルQCD」計算を行う必要がある。クエンチ計算を単純にフルQCDの計算に 拡張するためには膨大な計算量が要求される。この問題を回避するために、 クォーク部分もゲージ部分も改良された格子作用を用いた。大規模フルQCD 計算をCP-PACSで実行し、軽いハドロンの質量と崩壊定数等を、 フルQCDとして世界初の連続極限外挿により計算した。 QCDの基本パラメータを決めるためのインプットとしては、中間子質量と 中間子質量を、QCD結合定数(格子間隔の自由度に対応)とu, dクォークの 平均質量のために用いた。また、sクォーク質量を決めるために、中間子質量 (-input) と中間子質量 (-input) の2種類を用い、比較した。 クエンチ近似では、近似による系統誤のために、 連続極限(格子間隔 がゼロの点)で、実験値と10ことが、CP-PACSの以前の研究によって明らかになっている。 図1から、動的なu, d クォークの効果を取り入れることにより、 クエンチ近似でみられた実験値との系統的な差異が大幅に縮小することを確認した。 これは、 QCDがハドロンを記述する正しい理論であることを示す、最も直接的な証明である (論文51,6)。
この計算により同時に、QCDの基本パラメータであるクォーク質量や結合定数も、 ハドロン質量等のの実験量から決定することが出来る。その結果、 クォーク質量にはハドロン質量より大きな動的クォーク効果が あり、従来考えられていたクエンチ近似の値より大幅に小さな質量になる ことを示した (論文51,6)。
標準ゲージ作用を用いた計算も実行し、 上記の改良されたゲージ作用の結果と比較するとともに、 格子体積効果を研究した(論文7,32)。 また、QCDの真空の位相構造における動的クォーク効果についても研究した (論文23)。 動的クォーク効果に関するこれらの成果をまとめて総合報告を行なった (論文1,3,5,16, 17,27)。
ハドロン間相互作用の深い理解の為には、ハドロン散乱長、および 散乱位相を、格子上の数値計算により第一原理から定量的に評価し 実験値と比較することが非常に重要である。 散乱長の数値計算は既に幾つかのグループで行われていたが、 散乱位相の計算は行われていなかった。多体相関関数の取り扱いが 複雑である為である。この研究では、物理系をアイソスピンが2である 2体パイメソン系に限り、その系の散乱長、および散乱位相を数値計算し、 実験と比較した。 現在まで得られた我々の計算結果は、実験値と約20% の差を持っている。 この不一致は更に連続極限をとることによって期待される。極限操作は これからの研究で行う予定である (論文33)。
重いクォークと軽いクォークでできたB中間子やD中間子の崩壊定数を、 格子QCDのクエンチ近似で、複数の格子クォークを使って数値計算し、 連続極限の外挿値を評価した (論文12,40)。 さらに、CP-PACSで生成された、改良された格子作用によるフルQCD配位を用いて 重い中間子の諸性質における動的なクォークの影響を研究し、 非相対論的方法と相対論的方法の2種類の計算で結果が誤差の範囲で 一致することを示した。 同じ作用を使ったクエンチ近似計算も実行し、その結果との比較により、 、中間子の崩壊定数において約10示した(論文ref:l:fh1,ref:l:fh2)。 また、重いクォーコニウム(重いクォーク2個から成る中間子)の 質量スペクトルにおける動的クォーク効果も研究した (論文ref:l:fhh)。 さらに、通常のプラケット ゲージ作用と、改良されたウィルソン型クォーク作用 を用いた場合についても、動的クォーク効果を確認した (論文ref:l:fh3)。
重いクォークを格子上で扱う新しい方法として、 時間方向により細かい格子を持った非等方格子を用いて、 重いクォーコニウムの質量スペクトルを研究し、 この問題における非等方格子の有効性と限界を調べた (論文53,10,39)。
クォーク・グルオン・プラズマ状態の物理特性を格子QCDから 求めることは、宇宙の初期進化や、重イオン衝突実験の研究で重要である。 これまでは主にスタガード型の格子クォークを用いた研究が行われていたが、 信頼できる結果を得るためには、連続極限でクォークの質量差を正しく再現できる Wilson型クォークによる計算が必要である。 また、連続極限を定量的に議論するためには、改良された格子作用を用いることが 有用である。
我々は、改良されたゲージ作用と改良されたWilson型クォーク作用を組み合わせた フレーバー数2のfull QCDの場合について、有限温度の相構造と状態方程式を 研究した。 CP-PACSによる研究により、フレーバー数2の場合の相転移が、 カイラル極限では2次相転移であり、理論的予想と一致するO(4)の スピン模型と同じユニバーサリティ クラスに属していることが示されてた (論文4)。 これを受けて、状態方程式の系統的研究を行った。 図2に、フレーバー数2のfull QCDにおける クォーク・グルオン・プラズマのエネルギー密度が、温度とクォーク質量に依存 してどのように変化するかを示す。 計算は温度軸方向の格子サイズが4と6の場合について実行した。 連続極限を取るためには、に外挿しなければならない。 と6の結果がかなりずれていることから、これまでのほとんどの研究で 使われていた格子では、改良された作用を用いても連続極限から遠いことが わかる。 他方、の結果は、高温で連続のStephan-Boltzmann極限にかなり近い値を 示しており、既に連続極限に近いことが示唆される(論文21)。
連続極限への外挿を行うためには、のより大きな格子でシミュレーションを 実行する必要があるが、full QCDでそれを実行するのは簡単ではない。 我々は、そのひとつの回避策として、非等方格子を用いることを提案した。 純ゲージ理論の場合に状態方程式を計算し、等方格子よりはるかに少ない計算時間で 精密計算が実行可能であることを示し、コントロールされた連続極限外挿を始めて 遂行した(論文20,43)。
また、動的sクォークを含む場合の相構造をウイルソン型のクォークと、次項で述べる 厳密なシミュレーションアルゴリズムを用いて研究し、標準作用の場合には 大きな格子化の誤差が存在して、非物理的な相転移が相図に出現してしまうが、 改良された作用を用いればそれを回避できることを示した (論文35)。
SU(3)格子ゲージ理論におけるダイナミカルクォークの効果を含んだ 計算アルゴリズムにおいてこれまでは偶数個のクォークを考慮にい れた物のみが数値的に近似無しで計算できた。 現実にはsクォークが存在し、奇数個のクォークの効果を含んだ計算が、 スペクトロスコピーの研究や有限温度QCDの研究で重要と考えられている。 奇数個のダイナミカルクォークの効果を含んだ場合でも 近似の無い計算アルゴリズムを考え、その性質を研究した (論文52,50)。
カイラル対称性を保つ格子フェルミオンの定式化は格子QCDにおける 長年の大問題であった。最近、この問題に対する解答として、 ドメイン ウォール フェルミオンと呼ばれる新しい方法が提唱さた。 この方法を格子QCDに適用して、K中間子のBパラメタを計算し、 そのカイラルやスケーリングの性質が良いことを示した(論文25)。 また、K中間子の2つのパイ中間子への崩壊の行列要素の計算を行ない、 今まで困難であった計算が可能であることを示した (論文57,36,26,8)
さらに、ドメイン ウォール フェルミオンを用いたときのカイラル対称性 を解析的、数値的両方の方法で議論した (論文58,45,15,13)。 ドメイン ウォール フェルミオンはウイルソン型フェルミオンから生成されるが、 前者の対称性の振る舞いと後者の固有値の間には強い関係があることが示唆され ていた。我々はこの二つを繋ぐ公式を導き出し、数値計算から得られた データと比較し公式の妥当性を評価した(論文45,58)。 また、Domain-wall fermionを用いた格子QCDの繰り込み定数を 有限サイズの方法を用いて数値計算で評価した(論文49)。
格子上で重いクォークを定式化する方法を、作用の改良という視点から 統一的に議論し、重いクォークに対する新しい格子フェルミオンの方法を 提唱した(論文56,37)。
有限温度QCD等で、格子上の離散的データから、スペクトル関数などの連続の情報を 引き出す方法として、「最大エントロピー法」が注目されている。 CP-PACSで生成された、最も大規模で統計精度の高い格子データ(クエンチ近似QCD) を用いて、 最大エントロピー法の精度と限界を研究した。その結果、データの点数と精度が 十分高ければ、最低エネルギー状態と第一励起状態に関する信頼できる情報を 引き出せることを見出した。同時に、スペクトル関数の高エネルギー部分では、 ダブラーの影響が支配的である事を示唆する結果も得られた (論文30,34)。
【2】 超対称場の理論、弦理論
(梁 成吉、 毛利 健司、 佐藤 勇二)
IIA型超弦理論を、ファイバーにADE型の特異点を持つ非コンパクト複素4次元 ALEファイバー空間へコンパクト化すると、質量変形された(1+1)次元 超対称共形コセット模型が得られることが知られている。梁は江口(東京大)、 Warner (Southern California U.)と共に、このタイプの全てのコセット模型を 解析し、特異点の変形により誘導される質量変形の同定、対応するLandau-Ginzburg 模型のスーパーポテンシャルの厳密な決定を行なった。さらに、特異点の 幾何学的情報とLandau-Ginzburg場、スーパーポテンシャルの関係を明らかにし、 それが非コンパクト正則 4-サイクルを用いて自然に記述されることを示した (論文59)。
毛利は、 の対称性を持つ6次元非臨界弦の4次元コンパクト化模型に就いて、 特別な Wilson lines が入った数例に対して、ミラー対称性の手法と 楕円モジュラー関数の応用から prepotential の instanton 展開を計算した。 また楕円関数論と不変式論を利用して、任意の generic な Wilson lines を持つ模型を記述する Seiberg-Witten curve を求めた (論文65)。
佐藤は、 背景中の弦理論を記述する SL(2) カレント代数対称性を 持つ共形場理論の演算子積の決定を試みた。まず、細道(京大・基研)と共に、 ユークリッド化された を標的空間とする理論( WZW モデル) のプライマリー場の3点関数を特別な場合に計算し、 モデルからの接続により SL(2) 縮退表現に属するプライマリー場の演算子積 が正しく得られることを示した(論文63)。また、一般の場合の 3点関数を求め、 その詳しい解析を通して、SL(2,R) ユニタリ表現に属するプライマリー場 の演算子積(つまり SL(2,R) WZW モデルの演算子積)が SL(2,R) の表現論 と整合するように与えられることを示した(論文64)。
また、細道(京大・基研)、 奥山と共に、ゼロモードの正しい取り扱いと繰り込みを考慮することで、 中のボソニック弦理論における一般のプライマリー場の2点、3点関数の 計算が本質的に自由場の計算に帰着して簡便に実行できることを示し、 その結果を用いて4点関数を求めた(論文61)。
毛利、大竹、梁は例外型対称性を持つ5次元超共形場模型 の コンパクト化のBPS状態を、7ブレイン背景中のD3ブレイン probe としての実現並びに、type IIA ストリングの、縮小する del Pezzo 曲面を持つCalabi-Yau 多様体へのコンパクト化による実現の両方の観点から 考察した。その結果、前者における弦接合の電荷と、後者における del Pezzo 曲面上の連接層の特性類との対応関係が明らかにされた(論文60)。
毛利、園城、梁は開いたオービフォールド上のDブレインで特に、 そのBPS質量が上記局所 del Pezzo 曲面模型と同一の Picard-Fuchs 微分方程式に従う模型を局所ミラー対称性の手法より見出し、確定特異点 まわりでの解のモノドロミー行列及び解析接続公式を調べた。それに基づいて、 オービフォールド点での分数ブレインと大半径極限での正則ベクトル束との対応 を明らかにした。また、数論との思いがけない繋がりにより、この模型のBPS スペクトルのエントロピーが Dirichlet 関数の特殊値で与えられることを 発見した(論文62)。
新堀は小林(筑波技短聴覚)と共に、2次元放物型ポテンシャル障壁の問題に 量子力学の流体力学的定式化を 適用して研究した。 同モデルが超対称化できることを示し(論文67)、 また、複素エネルギーの虚部の自由度から生じるエントロピーの導入と それに伴う統計力学の拡張を試みた(論文66, 68)。
<論文>
<著書・総説等>
<学位論文>
博士論文
修士論文
<講演>
[国内外の国際会議]
item 井出 健智 「Non-perturbative renormalization for a renormalization group improved gauge action」 The XIXth International Symposium on Lattice Field Theory ``Lattice 2001'' (Berlin, Germany, Aug. 19-24, 2001)
[国内]