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格子QCDによる共鳴状態の研究


格子上の場の理論では、時空間を格子空間に離散化し、素粒子を記述する場の
変数を格子空間上で定義する。離散化により理論に含まれる自由度が有限になり、
理論が数学的に完全に定義される。これにより、種々の物理量を摂動論によらずに、
第一原理から数値的に求めることが可能になる。これは強い相互作用を記述する
量子色力学(QCD)では、特に強力な武器になる。
QCDに含まれる定数は、クォークの質量と相互作用定数の二つしかない。この二つ
の定数のみで何百というハドロンの性質が説明されるはずである。しかし、相互
作用定数があまりに大きい為に、摂動論を適用することができず、ハドロンの性質
を第一原理から明らかにすることは一般に非常に難しい。格子上の場の理論による
数値計算(格子QCD)は、これを可能にするのである。

強い相互作用により崩壊しない粒子 ( $\pi$, $K$, $N$ $\cdots$ ) の質量の計算
は比較的簡単であり、これまで多くの大規模数値計算が組織的に行われている。
現在までのところ、実験値との完全な一致は見られてはいないが、実験値を再現
することは基本課題であり着実な進歩が見られている。しかし、強い相互作用で
崩壊する不安定粒子 ( 共鳴状態 ) については、信頼出来る第一原理からの研究は
無かった。格子QCDでは、10年程前から共鳴状態の研究がはじめられた。そこでは、
粒子が崩壊できないエネルギー領域での遷移確率振幅を計算し、その確率振幅から
崩壊幅などの物理量を求める手法がとられていた。
2003年に McNeile と Michael は、この方法により $\rho$中間子崩壊幅を計算し、
実験値と一致する結果を得た。同様の研究がスカラー粒子 ( $a_0$, $K^*$, 
$\sigma$, $\kappa$ $\cdots$  ) についても行われた。しかし、非物理的状況下
で計算された遷移確率振幅から崩壊幅を計算する計算手法そのものが問題視されて
いた。

我々(CP-PACS collaboration)は、この様な不完全な方法ではなく、崩壊の終状態
の散乱位相を格子QCDにより計算し、そこから崩壊幅と共鳴エネルギーを求める
研究を、2005年から開始した。散乱位相を求めることは、散乱断面積を求める
ことと同じである。よって我々の方法は、加速器実験により共鳴状態を探すことと
同じ方法であり、そこには理論的に不確定な要素は何も入らない。

2006年に我々は、$\rho$中間子の崩壊幅と共鳴エネルギーの計算に成功した。
$\rho$中間子の場合、崩壊の終状態はアイソスピン $I=1$の 2体$\pi$中間子状態である。
我々はこの状態の散乱位相を、1991年に L\"uscher により提案された有限体積法に
より計算した。有限体積法では、ハドロン間相互作用の到達距離 R と
格子空間の一辺 L に対し 2 R < L という条件が仮定されるが、それ以外の仮定はない。
よって、我々の計算は QCDのみからの第一原理計算といってよい。
散乱位相から求めた我々の崩壊幅の結果は、数値計算の統計誤差は大きいものの
実験値と一致した。

我々の研究により、$\rho$中間子の共鳴状態としての性質を、第一原理計算から
明らかにすることが、現在の計算機によって可能であることが示された。
その点で大きな進歩ではあるが、しかし、計算は一つの格子間隔、一つのクォーク質量、
一つの散乱エネルギーに対して行われたものである。
連続極限をとり、クォーク質量と散乱エネルギー依存性を詳細に調べ、計算で求められた
値と実験値を詳細に比較し、我々の研究方法を完全に確立することが、将来行うべき
研究として残された。それにより、この方法を実験的に確立していない不安粒子に
対し用い、その存在と性質を調べることが将来可能になると期待される。
この様な学術的背景のもと、この研究では、
格子QCDにより共鳴状態の性質を調べる方法の確立
を目的とする。

本研究の特徴は、 共鳴状態の崩壊幅と共鳴エネルギーなどの物理量を、
実験可能量である散乱位相から求めるところにある。
そこには理論的に不確定な要素は入らず、計算はQCDのみからの第一原理計算である。
この点でこれまでに無かった研究である。
また、本研究の延長として、実験的に確立していない共鳴状態の存在を、
格子QCDにより将来予言出来るようになることが期待できる。



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