4年生の生活

筑波大学物理学類で研究室に素粒子理論を選んだ(あるいは選ぶか悩んでいる)方を対象にした内容です。
ただし、素粒子理論に限らず他分野他研究室でも共通する部分も多少はあるかと。


4年生って何するの?

 荒っぽくいうと、「研究者の真似事をする大学院生の真似事」をします。少しだけ具体的に書くと「ゼミをして、卒業後の進路を決めて、卒業論文を書く。」の3つが主です。

 素粒子理論分野では、量子力学や相対論がこの世に誕生してから世界中の優秀な研究者が日夜研究に励んだここ100年ほどの叡智がすでに積み上がっており、また量子力学以前の古典論や物理学以外での関係諸分野(数学、天文など)の研究も含めると果てしなく膨大な学問体系が構築されています。もちろんその全てを理解するのは到底無理な話なので、自分で新しい研究をしてそれを論文にしようと思ったら、研究したい分野や領域の知識(の一部)を身につけるところから始めることになります。ですが、素粒子理論全般は量子力学と(特殊)相対性理論を融合した「場の量子論( Quantum Field Theory, QFT)」の言葉をベースに記述されているので、どの分野/領域の研究をしたいにしてもまずは基礎としてこのQFTを勉強するところからスタートします。

 学生生活も、講義を受けて(足りない部分は自分で勉強して)、レポート/テストに臨む、といったこれまでの授業中心のものからガラリと一変します。4年生では週一度、先生と同期のメンバーで教科書を輪読するゼミが課せられます。このゼミを皮切りにして必要な論理や知識をひたすら身につけていくことになります。わからないことがあれば先生や研究室の先輩が教えてくれますが、基本は自分で教科書を読んで、わからないところを悩んで、同期と議論して...というプロセスを経て徐々に勉強を進めていきます。誰かが授業をして教えてくれる勉強から、自分で必要な知識を進んで取り込む勉強に変わっていく、まさに研究者/大学院生への第一歩を踏み出します。

 卒業までに必要な単位を取りきっていれば授業がまったく(あるいはほぼ)ないので、早朝深夜、平日休日関係なくいつでも勉強に専念できます。よく「研究者は休みの日も研究してる」イメージがあると言われます。実際はそうではなくて、好きなときに研究して、好きなときに休む、つまり「時間の使い方は個人の裁量に任されている」と言う方が正しいです。(もちろん、好きな時間も全て研究に充てたい、という人がいるのも事実ですが。)なので、時間がたくさんあって自由だと思い自分の好きなことにかかりっきりだと、中途半端な理解と徹夜明けの体を引きずってゼミに挑むことになってしまい、ゼミ中に先生や同期に自らの理解の至らなさを正される、なんてことも。そうならないように自分で時間と勉強の進度を管理していく能力がついていき、次第に研究者/大学院生として必要なスキルが養われていきます。

 一方で時間がたくさんあることは事実なので、大学生最後の1年を後悔なく過ごすために存分にその時間を使いましょう。要はメリハリが肝心です。


春学期

 4月頭に研究室配属のメールが届き、正式に素粒子理論研究室への仲間入りを果たします。初旬にはゼミを担当してくれる先生と同期の学生との初顔合わせが行われ、そこで4年生1年間の様子やゼミについてのおおまかな説明を受けます。ここ数年はMatthew D. Schwartzの" Quantum Field Theory and the Standard Model "を輪読しています。卒業研究で扱えるテーマを増やすためにRenormalizationの単元までは進んでおくのが好ましいと言われ、ゼミのペースをぼんやりと把握します。

 素粒子理論の4年生は基本的には1F307(通称、理論部屋)が居室となり、席が与えられます。部屋は素粒子理論のほか、宇宙理論や原子核理論(最近は居ないが過去には物性理論)の4年生と相部屋になるので、好きな机と椅子を選んで個人のスペースが出来上がります。そこへ必要な物品を買ったり家から持ち込んで徐々に生活環境を整えていきます。

 ゼミが始まると生活はある意味単調で、ゼミやその準備を中心として1週間があっという間に過ぎていきます。ただしその生活に慣れるまでが少し大変です。以下がその一例;

  • まず、指定された教科書が英語で書かれているので、不慣れな人は物理の前にまずそこでつまづきます。教科書をただ訳しただけでは意味が全くわかりません。自分がゼミ担当でない部分をテキトーに読んでいると、いざ自分のゼミ担当が回ってきたときには前後のつながりがわからずにチンプンカンプンな状態に。習い始めは、英語と物理両方の言葉をしっかり理解しなければならず二重に苦しみます。

  • 量子力学が古典的な理論では説明できない現象を記述できる理論として登場したように、場の量子論は量子力学では説明しきれない現象を扱えるように編み出された理論です。そのため、量子力学や特殊相対論の知識が学習の前提になります。量子力学の授業では後ろの方の単元になってしまいあまり触れられていない摂動論や散乱理論の議論がまさに場の量子論の根底に流れる思想の一翼を担っています。歴史的には場の量子論の前に量子力学と相対論の融合を図った相対論的量子力学が登場しており、場の量子論誕生に大きな影響を与えているのでこれも勉強する必要があります。また場の量子論ではGreen関数が本質的な役割を果たしており、それを導出するためにFourier変換や複素積分を計算するなど、物理数学の知識も不可欠です。もちろん、場の「量子」論と言うだけあって場の「古典」論があるわけで、電磁気学や解析力学などの知識も要所要所で必要になります。
     と、ここまで言えばわかると思いますが、これまで授業で習ってきた知識全てが場の量子論を理解する上で重要になります。なので適宜復習を挟みつつ、足りない知識を補いながら教科書を読み進めていくことになります。

  • 上と関係していますが、勉強してくると自分たちがこれまで授業で習ってきた知識との繋がりが見えてきて感動する反面、勉強を進めれば進めるほど「QFTとはとどのつまりなんぞや?」とモヤモヤした思いも溜まってきます。それは場の量子論を構成する上で必要なもろもろの操作の本質的な意味が見えづらく、計算が煩雑であるなどテクニカルな難しさが邪魔をしているからです。そのモヤモヤがでてきたら場の量子論の勉強が順調に進んできた証拠です。他のいろんな教科書を読んでみたり、同期と議論したり、あるいは先生や先輩に質問しながらよくよくそのモヤモヤと向き合いましょう。それがある意味で場の量子論理解への近道です。

  • 慣れない勉強が続いて悶々としてくることもありますが、そんなときは1人で抱えていても解決しないので同期と相談/議論し、一緒にご飯や遊びにでかけることも。そうやって卒論の謝辞に書く内容が膨れ上がっていきます。

     大学院で外部を検討し、筑波大の院試と日程が被っているときには、先生と相談して場合によっては7月初旬頃の推薦入試を受けることになります。そうでない人も夏の院試のシーズンに向けて過去問を解いたり、授業の復習を始めます。また、教職をとっている人は5月末から7月初旬頃のいずれかで教育実習があり、最近は居ませんが就職活動をしている人も追い込みをかけていたりするので、みんな忙しい日々を送ります。そのためゼミの担当を代わってもらったり、或いはゼミの日程を変更してもらうことになるなど若干イレギュラーなこともありますが、週一のQFTゼミが7月末まで続きます。


    夏休み(?)

     8月は週一のゼミがしばらく休みになり、試験勉強で精神が削られる日々を過ごしつつお盆休みの後にある大学院入試に備えます。外部の大学院も受験している人は過去問の解く量が多く、出題の傾向が違っていると対策が大変です。教育実習があった人は院試対策の時間が短いので注意が必要です。 院試の期間が終わると、短すぎる夏休みに別れを告げて再び週一のQFTゼミが再開します。この頃にはFeynman diagramを使ってお絵描きができるようになってきます。地方からつくばに来ている人は帰省のタイミングが難しいです。夏休みらしいことはゼミや院試の間を縫って自分で時間を作ることになりますが、それは研究者/大学院生になっても同じなので今のうちから慣れておくと良いでしょう。


    秋学期

     最早いつから学期が始まったのかが定かでないことを気にしながらも、これまで通り続けていったQFTゼミが10月末から11月初旬に終了します。one-loop diagramの計算に圧倒されつつも、とりあえずRenormalizationの単元まで突入したことに感慨もひとしおです。ここからは各個人についている指導教官の先生とともに卒業研究に臨んでいきます。

     卒業研究で自分オリジナルの研究ができれば素晴らしいですが、よっぽどのことがない限り学類生の段階では自分の興味のあるテーマについて調べてまとめるレビュー論文を執筆することになります。まず自分の興味のあるテーマを考えてそれを指導教官に伝え、そのうえで先生と相談しながら今後の方針を決めていきます。自分で読みたい論文やテキストを持っていくと話が円滑に進むかもしれません。先生からテーマを提案してもらえることもあります。

     卒論テーマの一例ですが
    という感じで選ばれています。

     テーマと読むテキストや論文が決まったら、そこからはまた指導教官との1対1のゼミがスタートします。ゆくゆくは論文の形にまとめなくてはいけないので、毎回のゼミのレジュメはLaTeXで打ち込んだものを作っておく、或いはゼミ後に内容をLaTeXに打ち込んでおくと後で楽ができます。素粒子論ほか多くの物理学分野では論文はLaTeXで書く風習があるので、これも研究者/大学院生で通る道だと思って練習がてら使い始めます。1月中旬をめどにゼミを終わらせ、あるはゼミと並行作業で卒業論文とその概要、そして口頭発表のスライドを作成し始めます。口頭発表の練習は1週間程度あればよいでしょう。指導教官の先生に観てもらっての練習もこの期間にします。最後の追い込み期間ですが、同期と論文のページ数や謝辞の書きぶりを見せ合って盛り上がります。2月上旬に卒業研究発表会が開催され、10分の口頭発表と5分の質疑応答を無事こなして卒業論文を提出し終えれば、晴れて大学生を修了したことになり、楽しい春休みがやってきます。



    文責:平成28年度4年生 渡辺展正 (2018年3月)
    トップへ戻る