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大学院生の(ゆかいな)生活


はじめに

”普段は一体何やってるの?”

大学院に上がってからというもの、(堅気の)知人からこう聞かれることが多くなりま した。一般の人から見ると、相当怪しい生活なので、一言二言の説明では解ってもらえ るはずもありません。 研究室紹介の一環というつもりで、ぼくら大学院生がどんな風に 生きているのか、何を考えているのかを、かいつまんで説明したいと思います。 これを読んでくれた人が少しでもぼくらの生活を理解してくれて、暖かい眼差し を送ってくれるようになるといいな...と願っております。


概略

当研究室は 5 年一貫性なので、修士・博士の両課程をここで過ごすことが 前提です。生活は学年や個人の生活スタイルによってかなり違ってくるので一言 で紹介することはできません。しかし筑波に特有なアイテムとして、巨大な 「お茶部屋」の存在を無視することはできません。この部屋は、物性理論・宇宙物理・ 素粒子理論の研究室で共同でつかう、文字通りお茶をのんでくつろぐ場所ですが、 とにかくでかい(しかも熊もいる)、もしかしたら日本最大かも知れません。 また漫画関係は雑誌、単行本 とも非常に充実しています。学校に入り浸っている連中は、同時にこのお茶部屋の 常連でもあり、よく何らかの名目(別にどうでもいい場合が多い)で酒をかっくらっ ています。つくばは鉄道が無い(学校から離れてたところに家があるひとは車で通っ ている)ので、終電というものがありません。夜通し語り合ったりもして、そうい うことがお好きな方にはたまらない生活かもしれません。でもその合間には勉強・ 研究もしっかりしています。していることになっています。

さらに、このように生活面(?)で充実しているだけでなく、一部の熱心な人たちが サッカーチームをつくっていて(社会人リーグにも加わっている)、 その練習を生活の中心に据えていることも申し沿えておきます。


学年ごとの生活

ここでは、5 年間(もしかしたらもっと長い)という、ディープな時間を、 ぼくたちがどう生きてゆくのかを、一部実体験を交えたモデルとして、だいたいの 時系列に沿って紹介してみたいと思います。

学年の呼び方は、M1,M2,D1,D2,D3 というのが一般的なのでしょうが、 筑波方式はちょっと変わっていて、D1-D5 と呼ばれる場合があります。ここでは 筑波形式で呼びたいと思います。

なお、細かい描写は書き手である、ぼくの主観が多分に入っています。 信じる、信じないはあなたの自由です。


D1

細かな専門に捕らわれずに勉強ができるのはこの一年間だけだと言 われたことがありますが、まったくそのとおり。ほとんど一年かけて場の 理論などをみっちり勉強します。また、講義の単位はこの一年でだいたい 揃います。

4-5月:あこがれの素粒子論研究室にとうとう入学(入室?)。 研究室に机をもらう。

cover 週一度のゼミで

M.E.Peskin & D.V. Schroeder

An Introduction to Quantum Field Theory

を読み始める。 先輩が新歓コンパなど催してくれるが、まだちょっと恐い。






6月:QED のファインマンダイアグラムが計算できるようになる。

お茶部屋で大量の漫画を発見し、読破を余儀なくされる。

徹夜もするようになり体調を崩す。

そしてもう決して後戻りできない・・・。

7-8月:夏休み。講義がないだけで生活自体は変わらない。

三者若手夏の学校に参加。

くりこみ群が解らなくて悩む。

"Physical Review" はレビューをのせる雑誌ではなく、 "Nuclear Pysics" は原子核専門の雑誌ではないことを知る (業界ネタ)。

9月:だいぶ研究室にも慣れてきた。 適当な時間に来てメールを読んで、お茶部屋でくつろいで、 さあ、勉強だ、と思うともう夜になっている。今夜も徹夜かな? 群や環を少し知り、asymptotic free におどろく。

こうして D1の前半は過ぎていきます。 順調に進めば年度末には今後の専攻を決めることになります。 たとえば格子場をやるとか、ストリングをやるとかいった大枠をこの時点で 決めます。この先の人生(?)を決定する重要な決断なので、 周りの人にきいたりしらべたりして、慎重に決めることが必要です。 そして3月ごろには、指導教官となる先生との話し合いを持ちつつ、やんわりと D2 ライフへと移行していきます。


D2

修士論文のための研究がこの年の中心です。5年間の院生ライフのう ちでも、ここはひとつの山場といっていいでしょう。だいたい以下のような スケジュールで進行します。

4-7月:その分野の教科書なり、レビューなりを幾つか読む。だいたい 一人で毎週行なうゼミに、教官と、かわいい後輩を鍛えてあげよう というおやさしー先輩が何人か来てくれて、大変勉強になる。 また、5月に学振の応募書類を書けば、修論のちょっとした練習になり, テーマを見つける良い機会になる。 Muleにも慣れる。

8-9月:修論用にテーマを絞って論文を幾つも読み始める。文献の検索 のしかたも覚える。ゼミの形式は変わらない。

10-11月:オリジナルなことを課題に持っているなら、計算なり シミュレーションなりで大変忙しい。またレビューとしてまとめる なら、さらに読まなくてはならないものがあるのでやっぱり忙しい。

12-1月:修論執筆をはじめる。人によっては TeX を学ぶことから始め なければならず、殺人的に忙しい。正月は無いことが多い。 1月末が締切りだが、その前に研究室内部でOHPを使った発表 をするので、その準備もあってさらに大変。 教官、先輩にも多大なる迷惑をかけ、人の情というものにふれる 絶好のチャンスでもある。

2-3月:骨休め。時間が経ってから冷静な目で自分の修論を見ると、 アラが目立っていやになる。 修論を書くことでさらに上のランクへと覚醒してしまった人は、 コツコツと何かをやるし、学術雑誌への投稿論文を準備したり もする。3月の学会で発表する予定のひとはもうひと踏ん張り。


D3-D5

D3からD5の前半までの生活は、だいたい似たようなものなので、ひとまとめ に紹介します。 修論を乗りきって、教官のことを「**先生」ではなく、 「**さん」 などと呼ぶくらい生意気になってくると、もう立派な研究者のタマゴです。 もうあとには引き返せません、ここからが正念場です。 生活は完全フレックスタイム制、良くも悪くも自由ですが、 その自由な時間をうまく使って論文を生産しなければなりません。 学会や研究会に出かけていって、自分の顔と名前を同業者に覚えてもらう ことも大事です。

学術雑誌に掲載された論文が1本以上あると、博士論文を 提出することができて、審査を通過すれば晴れて博士号がもらえます。 D5 の10月ごろから書きはじめて、1月の上旬に提出、というのが 一般的なようです。

しかーし

"博士号と掛けて足の裏についたご飯粒と解く"

その心は --> とらないと心地悪いけれど、とっても食えない

あまりにも有名な問答ですが、全くシャレになっていません。 素粒子理論という分野は、その性質上当然と言えば当然なのですが、 研究がつづけられるような就職口が極めて少なく、 博士課程を修了してすぐに大学や研究機関に就職できる確率はほぼゼロ です。この事情は全国的(じつは全世界的でもある)なもので、 この道で生きていこうと志すひとは一般に、博士号をとったあと、 (運と業績があれば)研究員や任期付きの助手など、何らかの一時的な身分を 手にいれて、あるいは出身の研究室にとどまり、またあるいはそこを飛び 出して別の大学・研究機関に移ってゆきます。そしていつか安定した職を手に いれるべく、さらに研究に打ち込み、業績を積み上げます。あまり言いたく ないですが、結構いいトシになってしまったりもします。 要するに、学生でいる期間が終ってもまだその上(ポスト・ドクター、略して PD)がある、ということです。

将来の不安にちょっとおびえ、それでも結構楽しく、時には酒を飲んで 狼藉を働き、じつは大きな夢だってもっている、

そんな僕たちを待ち受けている運命や如何に。


最後に

いろいろ書いてきましたが、読み返してみるとなんだかバランスが悪い 内容になっていることに気がつきました。でも”バランスの良い”説明などはどうせ 平均でしかなく、真実に近いとは限らないと思います。これで許してください。 よろしければ、ご意見ご感想をお寄せください。


書いたひと:平成11年度D3 野秋淳一
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