【人事異動】
佐藤勇二助手が平成11年6月16日に、 谷口裕介助手が平成11年10月16日に、それぞれ着任した。 また、野口雅之助手が平成12年3月31日をもってデータフォアビジョン社へ、 青木保道助手が平成12年4月30日をもって研究員として RIKEN BNL Research Centerへ、それぞれ転出した。
【研究活動】
素粒子理論グループにおいては、格子ゲージ理論の数値的研究と、超対称場の理論 および弦理論の研究を二本の柱に、本年度も活発な研究活動が行なわれた。
格子ゲージ理論では、計算物理学研究センターで平成8年に完成した超並列計算機 「CP-PACS」を用いた格子 QCD の大型数値シミュレーションが、引き続き推進された。 クェンチ近似での軽いハドロンの質量精密計算が終了し、実験値とクェンチ近似 での値には5-10% の明確な差異が存在することが示された。 これにより、1980年に最初のハドロンのクェンチ近似計算が行なわれて以来の 格子QCDの懸案にほぼ最終的な答えが得られた。次のステップとして平成10年度 に開始した、動的クォークの効果を取り入れたフルQCDの、初めての系統的な 計算が精力的に進められた。その結果、ハドロン質量スペクトルや、クォーク質量、 重いクォークを含んだハドロンの崩壊係数などにおける動的クォーク効果の存在が 明確に示され、その重要性が議論された。 さらに、新しい格子カイラルフェルミオンを用いたドメイン ウォール QCD の基本的性質、QCDの高温相転移近傍における状態方程式が調べられた。 以上の研究は、計算物理学研究センターと物理学系のメンバーを中心に、学術振興会 研究員として滞在する外国研究者も参加して、国際色豊かに行なわれた。
それに加え、高エネルギー物理学研究所のベクトル型並列計算機 VPP500/80を用いた格子QCDの共同研究も引続き追求された。 クェンチ近似でのQCDにおける K中間子のBパラメータや B中間子崩壊定数 の決定など、CP非保存現象の理解に重要となるハドロン弱相互作用行列要素の 研究を行った。 また、軽いクォークを2〜3種類含むQCDにおける有限温度相転移次数 の計算を行った。 高エネルギー物理学研究所では、平成11年末に並列計算機がSR8000 に 更新された。現在SR8000上で最適化されたコードの開発とシミュレーションが 進行中である。
以上の大規模な活動と並び、格子上のカイラルフェルミオンの定式化と その応用、電弱相互作用における高温相転移、さらには量子重力の 格子模型の研究など、 格子ゲージ理論全般にわたる様々のテーマが調べられた。
超対称場の理論および弦理論の分野では、超弦双対性の物理を 中心に研究を進めた。現在、この分野では11次元M理論や12次元F理論の 枠組みで、弦理論のコンパクト化、超重力理論とゲージ理論、 超対称ゲージ理論の非摂動的構造に関する研究が進展し ている。その結果、ゲージ/フレーバ対称性の非摂動的出現機構、曲がった空間 におけるD-braneの力学、反ドゥジッター空間中の弦理論などに関する精密な知見 が蓄積されつつある。このような展開の中で、ストリング接合と超対称共形理輪、 開いたCalabi-Yau多様体上の弦理論、3次元反ドゥジッター空間中の弦理論 を主たるテーマとして活発に研究が進められた。
【1】 格子ゲージ理論
(宇川 彰、 金谷 和至、 青木 慎也、 吉江 友照、 石塚 成人、 R. Burkhalter、 青木 保道、 谷口 裕介、 江尻 信司、 金児 隆志、 出淵 卓、 長井 敬一、 H.P. Shanahan、 T. Manke、 A. Ali Khan、 M. Gurtler)
計算物理学研究センターにて開発された超並列計算機 CP-PACS を 用いた格子QCDの数値シュミレーションの為のシュミレーションプログラムを 開発・改良し、高い実効性能を確認した(論文23)。 これを用いた大規模計算によって、クエンチ近似のハドロン質量スペクトラムの 精密計算を遂行し、格子クォークとしてウイルソン・ クォークを用いて、 連続極限での軽いハドロンの質量を精度1〜3%で求めた。 それにより、最大10%程度の、実験値との明確な系統的な差異があることを あきらかにし、ハドロン質量計算におけるクエンチ近似の限界をはじめて示した。 あわせて、擬スカラー粒子の質量・崩壊定数の解析により、カイラル摂動 論で予想されているカイラル極限でのクエンチ近似特有の特異性の存在を あきらかにした(論文7,28)。
また、格子クォークとしてスタガード・クォークを用いた場合についても クエンチ近似における軽いハドロンの質量、崩壊定数、クォーク質量などを、 計算し、連続極限の外挿値を評価した(論文3,10,34,54)。 素粒子の標準理論の基本的パラメータである混合行列の現象論的解析において 重要な役割を果たす、K中間子のバグパラメタを、格子QCDのクエンチ近似で、 複数の格子クォークを使って数値計算し、 連続極限の外挿値を評価した(論文21)。
また、K中間子が チャンネルに崩壊するモードの崩壊幅を、 ウイルソンクォークを用いた格子QCDのクエンチ近似の数値計算で求め、 カイラル極限への外挿値が実験値と一致する事を確認した(論文33)。 さらに、陽子崩壊の研究に関係する、強い相互作用の行列要素を計算した (論文11,35,49,53)。
上記の我々の研究により、クエンチ近似の限界が明らかになった。 より強力な予言を行うためには、動的クォークの効果を取り入れた「フルQCD」 の計算を行う必要があるが、従来の方法をそのまま拡張したのでは、 現実的な計算のために要求される計算量が膨大になり過ぎてしまう。この問題 を解決するためには格子作用の改良が重要であろうと考えられている。 そうした大規模なフルQCD計算に向けての第1段階として、 フルQCD計算における格子作用の改良の効果を比較研究した。それにより、 1) クォーク作用の改良で、質量の値における有限格子間隔の系統御差 を劇的に小さくできること、2) グルオン作用の改良で、クォーク・ 反クォーク間ポテンシャルの回転対称性が著しく改善されること、 を示した(論文27)。
この研究に基づき、クォーク部分もゲージ部分も改良された格子作用 を用いて、軽いハドロンの質量と崩壊定数等のフルQCD計算を行った。 動的なu,d クォークの効果を取り入れることにより、クエンチ近似で みられた実験値との系統的な差異が縮小することを確認した。 また、QCDポテンシャルにおける動的クォークの影響も 研究し、クーロン相互作用の大きさには動的クォークの効果が確認できるが、 弦の切断などのハドロン対生成の効果を見るためには、遠距離での高統計 データが必要であり、現在の計算では統計が大きく不足していることを 示した。 さらに、U(1)問題とQCDのゲージ配位の位相構造を研究し、 フレーバ1重の 中間子質量を計算した(論文8,9,31,32,55)。
これら、格子QCDにおけるハドロン質量、崩壊係数、クォーク質量等の 計算の現状を系統的にまとめ、総合報告を行った(論文6,24,30,50,51,56)。
重いクォークと軽いクォークでできたB中間子やD中間子の崩壊定数を、 格子QCDのクエンチ近似で、複数の格子クォークを使って数値計算し、 連続極限の外挿値を評価した。 ハドロンの物理量を計算するために必要な、いくつかの繰り込み因子を 計算した(論文12,13,29,37,38)。
また、重いクォークを含んだ中間子の諸性質における動的なクォークの効果を、 CP-PACSで生成された、改良された格子作用によるフルQCD配位を用いて 研究し、非相対論的方法と相対論的方法の2種類の計算で結果が誤差の範囲で 一致することを示した。また、 同じ作用を使ったクエンチ近似計算も実行し、その結果との比較により、 、中間子の崩壊定数において約10%の動的クォーク効果の存在を 示した(論文14,36,39)。
重いクォークを含むハイブリッド ハドロンを、 時間方向により細かい格子を持った非等方格子を使って研究した。 ハイブリッド ハドロンは単純なクォーク模型では現れない量子数をもつ 粒子だが、クォークとグルオンの結合状態としてQCDから予言されている。 こうした重い粒子を格子で計算するうえで、非等方格子が有用である ことを、数値計算により示した(論文4,37,52)。
QCDの熱力学的諸量の計算に必要な非等方係数の新しい非摂動的計算方法を 提案し、格子QCDの数値シミュレーションによって、SU(2)、SU(3) ゲージ理論の場合の計算を実行した。またそれを用いてグルオン・ガスの エネルギー密度と圧力を計算し、従来問題であった不自然な振る舞いが 解消することを示した(論文15)。
クエンチ近似のQCDの場合について、相転移温度と有限温度の状態方程式を 改良された作用を用いて計算し、連続極限で標準作用の連続極限と ユニバーサルな結果が得られることを示した(論文26,41)。
クローバー・フェルミオンを用いた格子QCDの相構造を、 ゲージ作用として改良された作用の場合について 数値計算で調べ、標準作用の場合と同様の複雑な相構造を持つことを確認し、 有限温度相転移の様子を研究した(論文40)。 また、QCDにおけるクォークの閉じ込めとフレーバ数の関係を ウィルソン・フェルミオンを用いた数値シミュレーションにより 研究した(論文57)。 また、こうしたウィルソン型のフェルミオンを用いたQCDの熱力学への 解析的知見を得るために、 2次元Gross-NeveuモデルをWilsonフェルミオンを用いて格子上で 定式化し、その相構造を解析的に調べ、 そこから有限温度・有限密度のもとで連続理論がどのように構成される かを研究した(論文17)。
スタガード・クォークを用いた有限温度QCDについても研究し、 現実的な場合に近い、軽いクォーク2種類、重いクォーク1種類 (フレーバー数2+1)の場合と、縮退したクォークが3種類ある 場合(フレーバー数3)について数値計算で相転移の性質を調べ、 臨界指数と相転移次数を研究した(論文16)。
いままでの格子QCDではカイラル対称性を保てないことが問題であったが、 その問題を克服する可能性のある定式化としてメインウォール フェルミオンを用いた 格子QCD(DWQCD)が提唱された。今回はこの定式化のカイラル対称性に関する 性質について、CP-PACSを用いた数値計算で研究した。 まず、格子間隔が粗い場合、具体的には1/a=1 GeV程度の時には、 期待されるカイラル対称性が実現されていないことがわかった。 この場合、ゲージ作用を通常のプラケット作用から繰り込み群によって改良された 作用に変えても状況は改善されなかった。原因は格子間隔が粗すぎるために、 フェルミオンの作用にゼロ固有値が現れるためと考えられる。 我々は、さらに、格子間隔を小さくして 1/a=2 GeVとした場合に 計算を行ない、繰り込み群によって改良された作用の場合に 期待されるカイラル対称性が実現されることを示した(論文43)。
DWQCDで数値的に弱電磁行列要素を計算する際には 連続理論と対応づけるための繰り込み定数が必要になる。我々は、 その繰り込み定数を摂動展開の1ループの範囲で計算した。 また、筑波大学の学術情報センターの並列計算機VPPを用いて、DWQCD の性質を調べ、上記の摂動計算で求めた繰り込み定数が非摂動的に 求めた繰り込み定数とよく一致することを示した (論文1,2,19,20,25,46)。
DWQCDにおいてはカイラル対称性のために のerrorは存在せず、 格子化の効果はから始まるという事が標語的に言われていた。 DWQCDにおける「物理的」なoperatorには O(a) errorが存在しないことを、まずはカイラル変換の Ward-Takahashi恒等式から議論し、続いて具体的な量子補正の形を見るた めに摂動論を用いて、量子補正中に O(a) errorが存在しないことを摂動の全orderで示した(論文47)。
関連して、Gross-Neveu模型の場合のドメインウォール形式 を摂動論により研究した(論文17,48)。
SU(2)ヒッグス模型のシミュレーションにより 実験から分っているヒッグスボゾンの質量下限以下では 電弱理論の有限温度相転移は無いことを示し、minimal standard model の範囲内では電弱バリオン生成シナリオは 実現不可能であることを指摘した(論文5,18)。
計算物理学研究センターで開発された並列計算機 CP-PACS を 用いた格子QCDシュミレーションの為のプログラムを 開発・改良し、高い実効性能を確認した(論文23)。 また、高エネルギー加速器研究機構に導入された並列計算機 SR8000 用の 高速なプログラム開発とアルゴリズム研究も進行中である。 さらに、次世代の並列計算機における高速な並列アルゴリズムと、それを 支える並列計算機の基本構成の研究も、精力的に推進されている。
【2】 超対称場の理論、弦理論
(梁 成吉、 毛利 健司、 佐藤 勇二、 野口 雅之)
梁、野口、寺嶋は、 ADE型グローバル対称性をもつ4次元N=2超対称共形場の理論の質量変形の 問題をD3-brane探索の方法により詳しく解析した。この理論のSeiberg-Witten幾何 とADE型特異点の対応を指摘し、Seiberg-Witten微分の極が楕円ファイバー束の 切断上にあることを示した。これより極の留数とADE型リー代数の表現との関係 が明らかにされた。このSeiberg-Witten微分のあらわな形はリー代数の表現 に依存するが、BPS質量公式などの物理的結果は表現に依らずに一意的であることを 証明した(論文 58)。
梁は山田(神戸大)と共に、 E型アフィン・リー環のルート格子をつくるIIB超弦の7-brane配位とストリング接合 を記述する楕円曲線を有理楕円曲面を表す3次式から系統的に導いた。その結果は、 ひとつの次元が円周上にコンパクト化された5次元のE型超対称共形場の理論の 質量変形を与えるSeiberg-Witten理論のものと一致することが示された。すなわち、 円周上コンパクト化された5次元E型理論についてもD3-brane探索のアイデアが 有効であることを示唆するものである(論文 59)。
梁は深江、山田(神戸大)と共に、 有理楕円曲面の特異点、Mordell-Weil格子、そしてトーションの構造を IIB型超弦理論の7-brane背景中のストリング接合を用いて解析した。その結果、 ストリング接合の生成する格子の分類は、従来数学者により得られていた Mordell-Weil格子の分類と完全に一致することが示された。とくに、Mordell-Weil 群のトーションは型ループ代数の虚のルート・ベクトルを表すループ型 ストリング接合により理解することができた。さらに、保存電荷をもつ非BPS接合 を与える7-brane配位も決定した(論文 60)。
毛利は、開いた Calabi-Yau 多様体上の弦理論を系統的に解析する手段として、 を持つ N=2 超共形理論の連続スペクトルを持つ modular invariant 分配関数の構成を試みた。 その結果、理論に現れる既約ユニタリ表現指標のスペクトル・フロー軌道(無限和) を楕円関数で記述することに成功し、指標の modular 変換性を容易にした (論文は目下執筆中)。
佐藤は加藤(東大数理)と共に、SL(2,R)(=)の離散ユニタリー表現 から得られるアファイン SL(2,R) 指標を用いたモジュラー不変量の可能性 を系統的に解析し、モジュラー不変量を実際に構成すると共に、これらの 結果がゴースト非存在の条件に大きな制限を与えることを示した (論文 64)。
新堀は小林(筑波技短聴覚)と共に、 不安定な量子力学系のモデルとして放物型ポテンシャル障壁を調べ、 その複素固有値の属する固有関数が Gel'fandの3つ組に収まることを示した(論文 66)。 さらに新堀は,同モデルを演算子法でも厳密に解いた(論文 67)。
〈論文〉
〈著書・総説等〉
〈学位論文〉
博士論文
修士論文
〈講演〉
[国内外の国際会議]
[国内]