【人事異動】
金谷和至 助教授が平成12年4月1日に教授に就任した。 また、 出淵卓 学振研究員が平成11年11月30日をもって助手として金沢大学理学部へ、 青木保道助手が平成12年4月30日をもって研究員として RIKEN BNL Research Centerへ、 それぞれ転出した。
【研究活動】
素粒子理論グループにおいては、本年度も、格子場の理論に基づく QCDの数値的研究と、 超対称場の理論・弦理論の研究を二本の柱に、 活発な研究活動が行なわれた。
格子ゲージ理論では、計算物理学研究センターで平成8年に完成した超並列計算機 CP-PACSを用いた格子 QCD の大型数値シミュレーションが、引き続き推進された。 動的u,dクォークの効果を取り入れたフルQCDにおける世界初の連続極限外挿を 行うための系統的な計算が行なわれ、 CP-PACSにより既に得られている精密なクエンチ近似(クォークの対生成・対消滅 を無視する近似)の結果と比較することにより、ハドロン質量スペクトル におけるクエンチ近似による系統誤差が、動的u,dクォークを正しく取り入れる ことにより、大幅に減少することが示された。さらに、 クォーク質量、重いクォークを含んだハドロンの崩壊係数などにおける 動的クォーク効果の存在と重要性が明確に示された。 また、QCDの有限温度における相構造や相転移温度、および相転移点近傍 における圧力やエネルギー密度の温度依存性が研究された。 さらに、格子フェルミオンのカイラル対称性に関する問題点を解決する方法 として提唱されたドメイン ウォール フェルミオン の基本的性質が実際の QCDの場合にどうなっているかが調べられ、さらにそれを応用して、 B,D中間子の崩壊係数や、K中間子系のCPの破れが研究された。 また、これらの計算の為に、クォーク質量や格子オペレータの繰り込み 係数の摂動論的研究も推進された。 以上の研究は、計算物理学研究センターと物理学系のメンバーを中心に、 日本学術振興会研究員などとして滞在している外国研究者も参加して、 国際色豊かに行われた。
それに加え、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の並列計算機 SR8000を用いた格子QCDの共同研究も、先代のVPP500を用いての共同研究に 引続き推進された。 SR8000上で最適化されたコードが開発され、それを用いて、 クェンチ近似でのQCDにおける K中間子のBパラメータや B中間子崩壊定数 の決定など、CP非保存現象の理解に重要となるハドロン弱相互作用行列要素の 研究を行った。 さらに、動的なsクォークを含むシミュレーションを目指して、アルゴリズムの 開発とテストが進められた。
超対称場の理論及び弦理論の分野では、超弦双対性の物理を中心として研究が 進められた。最近この分野では超重力理論とゲージ理論の双対性を筆頭として、 曲がった空間上の D ブレインの安定性、場の理論での対称性の非摂動的出現機構 など数々の興味深いテーマについての理解が深まっている。 この状況の下で、3 次元反 de Sitter 空間上の弦理論の精密な解析 並びに、開いた Calabi-Yau 多様体上の BPS D ブレインの記述と その string 接合との対応についての研究を行った。
【1】 格子ゲージ理論
(宇川 彰、 金谷 和至、 青木 慎也、 吉江 友照、 石塚 成人、 R. Burkhalter、 谷口 裕介、 富永 信一、 江尻 信司、 長井 敬一、 H.P. Shanahan、 A. Ali Khan、 V. Lesk)
計算物理学研究センターで開発された超並列計算機 CP-PACS (論文5, 7)を 用いた大規模計算によって、クエンチ近似のハドロン質量スペクトラム に、最大10%程度の、実験値との明確な系統的な差異があることが 確立され、ハドロン質量計算におけるクエンチ近似の限界が示された (論文2, 17)。 従って、より正確な予言を行うためには、動的クォークの効果を取り入れた 「フルQCD」計算を行う必要がある。
フルQCDの計算には膨大な計算量が要求される。この問題 を解決するために、クォーク部分もゲージ部分も改良された格子作用 を用いて、世界初の連続極限外挿を目的とした大規模フルQCD計算を CP-PACSで実行し、軽いハドロンの質量と崩壊定数等を計算した。 動的なu, d クォークの効果を取り入れることにより、クエンチ近似で みられた実験値との系統的な差異が縮小することを確認した。 また、クォーク質量にはハドロン質量より大きな動的クォーク効果が あり、従来考えられていたクエンチ近似の値より大幅に小さな質量になる ことを示した(図1参照)。 これは、弱い相互作用の研究などに大きなインパクトを与えている (論文2, 13, 22, 35)。 さらに、標準ゲージ作用を用いた計算もKEKのSR8000を用いて実行し、 上記の改良されたゲージ作用の結果と比較するとともに、 格子体積効果を研究した(論文24)。
動的クォーク効果に関するこれらの成果をまとめて総合報告を行なった (論文2, 15, 18, 21, 32, 33, 35)。
格子クォークとしてスタガード・クォークを用いた場合について、 クエンチ近似における軽いハドロンの質量、崩壊定数などを、 計算し、連続極限の外挿値を評価した(論文12)。
重いクォークと軽いクォークでできたB中間子やD中間子の崩壊定数を、 格子QCDのクエンチ近似で、複数の格子クォークを使って数値計算し、 連続極限の外挿値を評価した(論文25, 29)。
重いクォークを格子上で扱う新しい方法として、 時間方向により細かい格子を持った非等方格子を研究し、 その有効性を数値計算により示した。 さらに、それを用いて、ハイブリッド ハドロン(単純なクォーク模型では 現れない量子数をもつクォークとグルオンの結合状態としてQCDから 予言されている)や、重いクォーコニウム(重いクォーク2個から成る中間子) の質量スペクトルを研究した(論文6, 26)。
重いクォークを含んだ中間子の諸性質における動的なクォークの影響を、 CP-PACSで生成された、改良された格子作用によるフルQCD配位を用いて 研究し、非相対論的方法と相対論的方法の2種類の計算で結果が誤差の範囲で 一致することを示した。 同じ作用を使ったクエンチ近似計算も実行し、その結果との比較により、 、中間子の崩壊定数において約10%の動的クォーク効果の存在を 示した。 また、重いクォーコニウムの質量スペクトルにおける 動的クォーク効果も研究した(論文14, 36, 37, 38)。
クローバー・フェルミオンを用いた格子QCDの相構造を、 ゲージ作用として改良された作用の場合について 数値計算で調べ、標準作用の場合と同様の複雑な相構造を持つことを確認し、 有限温度相転移の様子を研究した。 さらにエネルギー密度や圧力の温度依存性(状態方程式)を 研究した(論文20, 27, 39)。
また、QCDにおけるクォークの閉じ込めとフレーバ数の関係を研究した(論文10)。
カイラル対称性を保つ格子フェルミオンの定式化は格子QCDにおける 長年の大問題であった。最近、この問題に対する解答として、 ドメイン ウォール フェルミオンと呼ばれる新しい方法が提唱さた。 この方法を格子QCDに適用して、そのカイラル対称性を調べ、 予想通りの良い性質を持つこと示した(論文16, 28, 30, 31)。 また、弱結合展開による繰り込み定数がどれぐらい正確かを、 パイ中間子の崩壊定数の計算に適用して評価した(論文9)。 関連して、Gross-Neveu模型の場合のドメインウォール形式 を摂動論により研究した(論文3)。
K中間子の2つのパイ中間子への崩壊の行列要素の計算は格子QCDの重要な 問題であるが、カイラル対称性の困難のため、今まであまり進展しなかった。 そこで、ドメイン ウォール フェルミオン を使ったQCDでこの行列要素を計算した。 まず、その計算に必要な繰り込み定数を弱結合展開で計算した(論文19)。次に 数値シミュレーションを行ない、以下のような特筆すべき2つの性質が 判明した。 (i)まず、ドメイン ウォール フェルミオンがカイラル対称性を非常に良く 保っているという性 質から、weak matrix elementが余計なオペレータの混合なしに簡便に 計算することができた。 (ii)続いて、カイラル対称性から導かれる性質として、スケーリングの破れ (格子化したことによるエラー)の効果がより小さくなることが予言されていた が、それを数値計算により具体的に確認した(論文23)。
陽子崩壊、あるいは一般にバリオン数非保存の行列要素を、標準ゲージ作用 の場合に格子計算した(論文4)。 また、この計算を改良されたゲージ作用を用いて実行する場合に必要な 繰り込み定数を弱結合展開で計算した (論文8)。
【2】 超対称場の理論、弦理論
(梁 成吉、 毛利 健司、 佐藤 勇二)
梁は深江、山田(神戸大)と共に、 有理楕円曲面の特異点、Mordell-Weil格子、そしてトーションの構造を IIB型超弦理論の7-brane背景中のストリング接合を用いて解析した。その結果、 ストリング接合の生成する格子の分類は、従来数学者により得られていた Mordell-Weil格子の分類と完全に一致することが示された。とくに、Mordell-Weil 群のトーションは型ループ代数の虚のルート・ベクトルを表すループ型 ストリング接合により理解することができた。さらに、保存電荷をもつ非BPS接合 を与える7-brane配位も決定した(論文40)。
毛利、大竹、梁は例外型対称性を持つ5次元超共形場模型 の コンパクト化のBPS状態を、7ブレイン背景中のD3ブレイン probe としての実現並びに、type IIA ストリングの、縮小する del Pezzo 曲面を持つCalabi-Yau 多様体へのコンパクト化による実現の両方の観点から 考察した。その結果、前者における弦接合の電荷と、後者における del Pezzo 曲面上の連接層の特性類との対応関係が明らかにされた(論文43)。
毛利、園城、梁は開いたオービフォールド上のDブレインで特に、 そのBPS質量が上記局所 del Pezzo 曲面模型と同一の Picard-Fuchs 微分方程式に従う模型を局所ミラー対称性の手法より見出し、確定特異点 まわりでの解のモノドロミー行列及び解析接続公式を調べた。それに基づいて、 オービフォールド点での分数ブレインと大半径極限での正則ベクトル束との対応 を明らかにした。また、数論との思いがけない繋がりにより、この模型のBPS スペクトルのエントロピーが Dirichlet 関数の特殊値で与えられることを 発見した(論文45)。
佐藤は加藤(東大数理)と共に、SL(2,R)(=)の離散ユニタリー表現 から得られるアファイン SL(2,R) 指標を用いたモジュラー不変量の可能性 を系統的に解析し、モジュラー不変量を実際に構成すると共に、これらの 結果がゴースト非存在の条件に大きな制限を与えることを示した (論文41)。 また、石橋、奥山(KEK)と共に、経路積分を直接実行することににより、 中のボソニック弦理論における一般のプライマリー場の2点、3点関数 を厳密に計算した。また、その結果が、対称性の議論から求められて いたものと同等であることを示した(論文44)。 さらに、細道(京大・基研)、 奥山と共に、ゼロモードの正しい取り扱いと繰り込みを考慮することで、 これらの計算が本質的に自由場の計算に帰着して簡便に実行できることを示し、 その結果を用いて4点関数を求めた(論文44)。
新堀は小林(筑波技短聴覚)と共に、 2次元放物型ポテンシャル障壁を調べた。 その結果、不安定な量子力学系であるにも関わらず 無限縮退した定常状態が出現することを見出し、 この状態に対して量子力学の流体力学的定式化が 適用できることを示した(論文47,53)。 さらに、同モデルは超対称化できることを示した(論文48)。 また、複素エネルギーの虚部の自由度から生じるエントロピーの導入と それに伴う統計力学の拡張を試みた(論文49, 50, 52)。
〈論文〉
〈著書・総説等〉
〈学位論文〉
博士論文
修士論文
〈講演〉
[国内外の国際会議]
[国内]