目次:
- この宇宙の基本法則を求めて
- 物質はどこまで分けられるか?
- 素粒子の相互作用
物理学の目標は、私たちのまわりで起こっている様々な現象の基本法則を
追求することにあります。
そのために、複雑な現象を個別の基本課程に分解し、それぞれの性質の
組み合わせとして全体の振る舞いを説明しようとします。
たとえば、自動車はどうやって走っているのでしょう?
自動車を分解してみると、エンジンやタイヤやボディーなどから
出来上がっています。
その個々の部品の動作を調べてみると、エンジンが産み出した回転力がタイヤに
伝えられ、その駆動力でタイヤが地面を蹴って、自動車が前進している
ことがわかります。
では、エンジンはどうやって回転力を産み出しているのでしょう?
それを調べるためには、エンジンをさらに分解してみなければなりません。
では、そのエンジン部品はどうやってその動作をしているのでしょうか?
このように、次々とより基本的な構成単位へと分解して行くことにより、
全ての現象は(原理的には)
「物質の最小の構成単位」
の間の
「最小限の相互作用」
を組み合わせて行くことによって説明できるはずである
という信念にたどり着きます。
こうした考え方に従って、物質の最小の構成単位と、それらの間の
基本相互作用(力)を探求するのが、
素粒子物理学です。
それぞれの時代で、実験で実際に存在が確認されている最小の物質構成要素を
素粒子と呼びます。
それでは物質は現在どこまで細かく分解できているのでしょう?
宇宙の銀河や巨大な銀河集団 (大きさ 1020 m 以上) も、
惑星やその上の岩石や生物 (1010~10-6 m) も、
結局、多数の原子 (10-10~10-12 m)
から出来ています。
原子は、その中心部に「原子核」 (~10-14 m) と呼ばれる
重い芯があり、そのまわりを数個~数十個の小さく軽い「電子」が周回する
という構造をしていることが知られています。
原子核
原子核の性質を調べてみると、その電荷や質量がある単位のほぼ整数倍に
なっていることから、
正の単位荷電を持つ陽子(P) 数個と、それとほぼ同じ重さで電荷を持たない
中性子(N) 数個が結合して出来ていることがわかります。
例えば水素の原子核は陽子1個だけ、炭素の原子核は陽子6個と中性子6個
から成ります。
実際、原子核に他の原子核などを衝突させて核反応を起こさせ、原子核を分解すると、
陽子や中性子を取り出すことができます。
レプトン
電子は、これまでの実験では内部構造があるという証拠は見つかっていませんが、
宇宙線や原子核崩壊の研究から、ミュー粒子 (μ) やニュートリノ (ν) などの、
電子と似た性質の粒子が他にも数種類存在することが知られています。
これらの電子の仲間をレプトン
と呼びます。
ハドロン
20世紀初頭から始まった高エネルギー粒子加速器(原子の中を覗くための
顕微鏡)の発達により、原子核の中身をさらに細かく調べてみることが
出来るようになりました。
その結果、陽子や中性子の仲間ハドロン
が大量に発見されました。
★
Ρ, Ν, Δ, Λ, Σ, Ξ, Ω,
Λc, Σc, Ξc, Λb, …
☆
π, ρ, ω, η, φ, ηc, a, b, h, f, K, Ks,
D, B, Bs, J/ψ, Υ, χ, χb, …
|
第1のグループ★は物質として原子核を構成するハドロンで、
「バリオン」と呼ばれます。
第2のグループ☆はバリオンを互いにくっつけて原子核にしたり、原子核同士の
相互作用を仲介するハドロンで、「メソン(中間子)」と呼ばれます。
このリストの粒子の多くには、質量などが全く同じで荷電が逆の「反粒子」や、
性質がほとんど同じで荷電やスピンが1~2単位ずれた兄弟粒子が存在します。
また、将来、より大型の加速器が建設され、もっと高いエネルギーまで
調べられるようになれば、
もっと多くのハドロンがこのリストに追加されるだろうと考えられています。
クォーク
こんなにたくさんのハドロンがそのままこの宇宙の最も基本的な構成要素
なのでしょうか?
それら全ての性質と、それらの全ての組み合わせについての相互作用を
調べ尽くさなければ、
物質の振る舞いを説明できないのでしょうか?
このままでは、この宇宙の基本法則としては
<<美しい>> 形と言えません。
そこで考えられたのがクォークです。
ハドロンの性質の分析から、
P = (u,u,d), N = (u,d,d), Λ= (u,d,s), …
π+ | = | _ (u,d), |
π0 | = | _ (u,u) + | _ (d,d), … |
のように、バリオンは3個のクォークから、メソンはクォークと反クォーク
(クォークの反粒子)から出来ていると考えると、数種類のクォークで
上のリストのハドロンを全て理解することができます。
通常クォークはハドロンの中に閉じ込められており、クォーク単体
をハドロンから取り出すことはできませんが、
原子核やハドロン同士を衝突させた様々な高エネルギー実験の結果が
クォークの理論によってよく記述されているので、
ハドロンは確かにクォークから構成されていると考えられています。
クォークとしてはこれまでにアップ(u)、ダウン(d)、ストレンジ(s)、チャーム(c)、
ボトム(b)、トップ(t) の6種類が見つかっています。
この種類の違いは素粒子業界ではflavor(香り)と呼ばれています。
最後のトップ クォークは、理論的にはかなり以前から予言されていましたが、
実験的には1995年に発見されたばかりです。
クォークの大きさや内部構造は、現在のところ実験的には見えていません。
また、上に述べたように、レプトンも点状の粒子として見えています。
もし大きさがあるとしても、現在の実験では見ることの出来ない
10-18 m 以下でなければなりません。
従って、クォークとレプトン(及び 以下で説明するゲージ粒子など)
が、現在知られている最も基本的な物質の構成要素「素粒子」です。
素粒子の間に働く相互作用(力)は、全て次の4つの基本的相互作用の
組み合わせによってあらわされています。
- 電磁相互作用 ⇒ 電気、磁気、光、化学反応、生命?
- 強い相互作用 ⇒ 核力、原子力
- 弱い相互作用 ⇒ 原子核の放射性崩壊〜素粒子の化学反応
- 重力相互作用 ⇒ 重力
電磁相互作用、強い相互作用、弱い相互作用は、
「量子場の理論(場の量子論)」
によって理論的に記述されています。
これは、原子・分子の世界の理論である「量子力学」と、速度が光速に近くなりうる
場合の運動の理論である「特殊相対性理論」を融合させた理論で、
素粒子を時空に拡がった <<場>> の振動によって表現し、
素粒子の運動や生成消滅を対応する場の振動モードの変化として記述します。
強い相互作用を記述する量子場の理論は
QCD(量子色力学)
で与えられ、
電磁相互作用と弱い相互作用は
ワインバーグ・サラム理論
によって統一的に記述されています。
この二つを合わせたものが素粒子の「標準理論」です。
これら3つの基本的相互作用によって、原子核反応・原子核崩壊から電磁気、
化学反応まで理解することができますが、
それだけでは私たちの良く知っている重力は導けません。
そこで第4の基本的相互作用として重力相互作用が加えられています。
素粒子の世界の重力がどのようなものであるかは理論的にも実験的にも
良くわかっていませんが、通常の物質中や加速器実験などにおいては、
十分弱いものとして無視することができます。
ゲージ粒子
量子場の理論では、相互作用を素粒子の交換として表現します。
例えば、真空中で飛んできた電子(e) が陽子(P) によって散乱される場合を
考えてみましょう。
直接衝突しない場合でも、負電荷の電子は正電荷の陽子に電気的に引き付けられ、
軌道が曲がります。
では電子は真空中でどうやって陽子の存在を知ったのでしょう。
ワインバーグ・サラム理論では、電子は陽子から飛んできた光の素粒子
「光子(γ)」を吸収することで陽子を <<見>> て、電磁力を受けます。
つまり、荷電粒子は光子の交換を通じて電磁相互作用するのです。
弱い相互作用や強い相互作用においても同様に、それぞれの力を媒介する
素粒子(ゲージ粒子)の交換を通じて
相互作用が行われます。
4つの基本相互作用のゲージ粒子をまとめると、
- 電磁相互作用 ⇔ 光子(光、電磁波)
- 強い相互作用 ⇔ グルーオン
- 弱い相互作用 ⇔ W 粒子、Z 粒子
- 重力相互作用 ⇔ 重力子??
となります。重力子を除き、全て実験的に存在が確認されています。
ヒッグス粒子
標準理論には、実験ではまだ発見されていない素粒子も含まれています。
ヒッグス粒子は素粒子の対称性の破れや質量の起源を司る素粒子ですが、
多くの努力にも関わらずまだ発見されていません。
ヒッグス粒子はクォーク・レプトンよりさらにミクロな階層の力学を探る
鍵となる可能性もあり、その性質の解明が望まれます。
これまでに実験的に確認されている素粒子とハドロンの情報は、
``Particle Data Group''
によって集積され、表にまとめられています。
(金谷)